ルカによる福音書

2011年12月18日 (日)

「星空の下で喜び生きる クリスマス礼拝」

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ルカによる福音書2・1~21

「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。『恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。』すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。『いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。』天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、『さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか』と話し合った。そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。」

いまお読みしました聖書の個所に記されていますのは、わたしたちの救い主、イエス・キリストがお生まれになったときに起こった出来事です。そのときどんなことが起こったのでしょうか。ここに書かれていることは、大きく分ければ、二つの場所で起こった二つの出来事です。

第一は、イエス・キリストを身ごもった母マリアと夫ヨセフとの身に起こった出来事です。

第二は、ヨセフとマリアがいたのとは全く別の場所にいた、ベツレヘムの羊飼いたちに起こった出来事です。

第一の出来事のほうから見ていきたいと思います。ここに描かれているのは、イエス・キリストを身ごもったマリアと夫ヨセフの二人が、皇帝アウグストゥスの命令に従って住民登録をするために、遠い町まで旅をすることになったという話です。

皇帝アウグストゥスはローマ帝国の最高権力者でした。ヨセフとマリアが暮らしていたユダヤの国は、この当時、ローマ帝国の支配下にある属国でしたので、皇帝アウグストゥスの命令は絶対に守らなければならない関係にありました。そのため、皇帝の命令とあらば子どもを身ごもって危険な状態にある女性まで、たとえつらい長旅になろうともその命令に従わなければならなかったのです。

実際、その旅は本当につらいものとなってしまいました。だれでもそうだと思いますが、子どもを身ごもった女性が旅の途中で子どもを産むことになることが、うれしいはずはありません。ご自分が子どもを産んだことがある方にはこの状況がどのようなものであるかをご理解いただけるでしょう。

出産とは激しい痛みがあり、たくさん血が流れ出す、ある意味で恐ろしい場面です。できるかぎり安心できる場所で子どもを産みたいと願う人がいるのは当然のことでしょう。旅の途中で、知らない人たちばかりいる場所で出産したい人などいるはずがないのです。

そんな嫌なことを彼らがしなければならなかったのは、ローマ皇帝アウグストゥスの命令には絶対に従わなければならなかったユダヤの国の人々の、かわいそうな状況があったからに他なりません。はっきりいえば、彼らは当時の政治家や軍隊や法律の犠牲になったのです。

そのような中でイエス・キリストはお生まれになりました。次のように記されています。「ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」。

これでお分かりいただけますことは、イエス・キリストがお生まれになった場所は人間の住むところではなかったということです。最初に寝かされた場所は、飼い葉桶(家畜小屋の餌置き場)であり、臭いにおいが漂う不潔な場所でした。

しかし、忘れられてはならないことは、彼らには神を信じる信仰があったということです。また、聖書によると、マリアが身ごもっている子どもは神の御子であり、救い主であるという信仰がマリア自身にもヨセフにも、すでにありました。そのことがルカによる福音書の1章を読むと分かります。彼らは、信仰を全く持っていない状態でつらい目に遭っているわけではないのです。

彼らには信仰がありました。だから、どんなつらい目にあっても、その子どもを産まなくてはならないと信じていたでしょうし、その信仰があったからこそつらい状況を耐えることができたのだろうと、わたしたちは信じることができます。

しかし、たとえそうであっても、やはりどうしても私が考え込んでしまうことは、彼らが旅の途中に子どもを産まなくてはならない状況に追い込まれてしまったことは、はたして幸せなことだったのか、それとも不幸せなことだったのかということです。

幸せなことだったはずはないと思うのです。もっと普通の場所で、あるいはもっと安全な場所で、子どもを産みたいに決まっているではありませんか。

ローマ皇帝アウグストゥスの命令さえなければ、ユダヤの国がローマ帝国の属国でさえなければ、全国民の住民登録をしなければならないという法律さえなければ、危険な目に遭うことはなかったのにと、彼らが当時の政治家や軍隊や法律を恨む気持ちを持ったとしても当然だと思うのです。

次に見ていきたいのは、同じ日の、別の場所で起こった、第二の出来事です。ベツレヘムの羊飼いたちが野宿をしながら、星空の下で夜通し羊の群れの番をしていました。そのとき彼らの前に現れたのは「天使」だったと記されています。「主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた」と書かれているとおりです。

ここで私が言いたいことは、最初にご説明した第一の出来事を描いているときと、これからお話ししようとしている第二の出来事を描いているときとで、この書物の著者の語調が変わっているということです。雰囲気がすっかり、がらっと変わっています。

はっきり分かることは、第一の出来事について記されている段落には「神」も「救い」も「天使」も出てこないということです。代わりに登場するのは、「皇帝アウグストゥス」とか「キリニウス」といった政治家たちの名前であり、「勅令」とか「住民登録」といった法律用語です。「シリア州」とか「ナザレ」とか「ベツレヘム」といった地名であり、生まれたばかりの子どもを「布にくるんで飼い葉桶に寝かせた」とか「宿屋には彼らの泊まる場所がなかった」という悲惨な現実の描写です。

ところが、第二の出来事に描かれていることは、それとは全く違います。ここには「天使」(?!)が登場します。「主の栄光」(?!)が周りを照らします。そして、天使が羊飼いに「大きな喜び」(?!)を告げます。そして「天の大軍」(?!)が加わって、神を賛美する大合唱(?!)が始まります。

天使の言葉は次のとおりです。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝かしている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである」。

この天使の言葉の中に出てくるのは「大きな喜び」であり、「あなたがたのために救い主がお生まれになった」ことであり、その方が「主メシア」であるということです。また、その生まれたばかりの子どもが「布にくるまって飼い葉桶の中に」いることは、人類の不幸や苦しみ、あるいは悲惨や嘆きのしるしではなく、あなたがたのために救い主がお生まれになったことを教える喜びのしるしであるということが明らかにされているのです。

語調が変わっている、と申しました。第一の出来事と第二の出来事とは雰囲気や明るさが全く違うのです。その意味は、第一の出来事を描いている段落には全く出てこない「神」や「天使」や「救い」や「救い主」や「喜び」という言葉が、第二の出来事を描いている段落に至って全面的に登場するということです。

第一の出来事について書かれていることはひたすら暗い。人間の現実とはいかに悲惨で重苦しくて嫌なものであるかが赤裸々に描かれています。

しかし、第二の出来事について書かれていることの中心は「天使」(?!)の話です。暗い新聞記事を読んだあとに夢見心地の本を読み始めたような気分になります。

しかし、確認しておきたいことは、二つの場所で起こった二つの出来事は、同じ日の、同じ夜の、そして同じひとりの救い主の誕生を描いているという点では、全く同じ一つの出来事であると考えることもできるということです。それはいわば、一つのコインを表から見、その次に裏から見るというのと同じことだと考えることができるのです。

解釈の違いだと言われれば、そのとおりかもしれません。私がいま考えていることをオブラートに包む必要はないでしょう。今のわたしたちが置かれている状況を考えています。今年は特別に悲しむべき出来事が起こりました。大震災、原子力発電所事故、そこから派生する多くの問題が一気に噴出しました。わたしたちはいま絶望していてもおかしくないほどの状況の中にいます。生まれたばかりの子どもを飼い葉桶どころか、何もないところに寝かさなければならない人がいる。家族を、家を、財産を失った人々が大勢いる。悲惨な現実を数えればきりがない。

しかしそれは、厳しい言い方かもしれませんが、事柄の一面にすぎません。わたしたちは絶望の数ばかりを数えるようであってはなりません。全く同じ出来事を絶望の面からだけでなく、もう一つの面から見直す必要があるのです。物事には「神」や「天使」や「救い」や「救い主」、そして「喜び」の面が必ずあるのです。そして、わたしたちは、物事の二つの面(喜びの面と悲しみの面)の関係はどのようになっているのかを、マリアのように「思い巡らす」必要があるのです。

「神」だの「天使」だの「救い」だの、そんなものを信じられるものかと拒否しないでください。むしろ、信じてください。信仰をもって世界を見つめ直すとき、世界が少し違ったものに見え始めるでしょう。世界には、まだ希望はあるし、喜びもあります。わたしたちは、生きてもよいし、生きることができるし、生きなければならないのです。

(2011年12月18日、松戸小金原教会クリスマス礼拝)

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2009年8月 9日 (日)

「らくだは針の穴を通れない~誰のための人生か~」

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ルカによる福音書18・18~30

「ある議員がイエスに、『善い先生、何をすれば永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか』と尋ねた。イエスは言われた。『なぜ、わたしを「善い」と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。「姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証するな、父母を敬え」という掟をあなたは知っているはずだ。』すると議員は、『そういうことはみな、子供の時から守ってきました』と言った。これを聞いて、イエスは言われた。『あなたに欠けているものがまだ一つある。持っている物をすべて売り払い、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。』しかし、その人はこれを聞いて非常に悲しんだ。大変な金持ちだったからである。イエスは、議員が非常に悲しむのを見て、言われた。『財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。』これを聞いた人々が、『それでは、だれが救われるのだろうか』と言うと、イエスは、『人間にはできないことも、神にはできる』と言われた。すると、ペトロが、『このとおり、わたしたちは自分の物を捨ててあなたに従って参りました』と言った。イエスは言われた。『はっきり言っておく。神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子供を捨てた者はだれでも、この世ではその何倍もの報いを受け、後の世では永遠の命を受ける。』」

今日は千城台教会の講壇に初めて立たせていただきます。皆さんに開いていただいた聖書の個所には、共観福音書のすべてに紹介されている出来事が記されています。共観福音書とは、マタイによる福音書、マルコによる福音書、ルカによる福音書のことです。つまり、わたしたちが新約聖書というこの形の本を開いて読んでいきますと同じ話を三度繰り返して読むことになるわけです。これは三度でも何度でも繰り返して読む価値がある、大変重要な話であるということにしておきましょう。

登場人物は、イエスさまの他には、二人います。一人は「議員」と呼ばれています。ユダヤの最高法院(サンヘドリン)の議員です。もう一人はイエスさまの弟子のペトロです。しかし今日は、時間の関係で「議員」のほうに絞ってお話しいたします。

最初に考えていただきたいことは、彼が「議員」であったということの意味です。彼が属していたユダヤの最高法院(サンヘドリン)は、当時のユダヤ社会を支配していた最高権力者会議です。その会議はわずか70人で構成されていました。より正確に言えば議長と副議長を含めた72人であったとも言われています。

一つの国をたった72人で支配する。想像するだけでぞっとするものを私は感じます。ひとりの支配者による独裁政権とは違います。しかし、少数者が権力を握って離さない状態がそこにあり、権力のほとんど一極集中と言ってよい状態があったと考えることができるでしょう。

つまり、ここに出てくる「議員」は、そのまさに最高権力者会議のメンバーズリストに名を連ねていた一人であるということです。この点は要チェック事項です。なぜなら、彼が「議員」であったというこの点は、イエスさまとこの人の言葉のやりとりを理解する上でかなり重要な意味を持っていると思われるからです。ぜひ考えてみていただきたいことは、この「人」と話しをすることは、事実上その「国」と話しをするということに等しいということです。いまの日本の国会議員722人(衆議院480人、参議院242人)が日本国民を代表する存在になりえているかどうかは不明です。しかし、あの人々がそうなりえているかどうかはともかく、あの人々こそが、日本国民を代表する存在にならなければならないはずです。それが「議員」の役割でしょう。

その「議員」がイエスさまのところに来て、一つの質問をしました。「何をすれば、永遠の命を受け継ぐことができるのでしょうか」。この質問の意図をわたしたちがおそらく最も理解しやすいであろう言葉で言い換えるとしたら「どうすれば天国に行けるのでしょうか」です。その場合の「天国」とはいわゆる死後の世界です。わたしたち人間が死んだあとに行く場所のことです。つまり、この「議員」はイエスさまのところに来て何をしているのかというと、要するに、自分の死後の相談をしているのです。彼が心配していることは、自分の死後の行く先です。

しかも、ここでこそチェックしておきたいことは、マタイによる福音書の中でこれと同じ出来事を紹介している記事の中で、この議員が「青年」と呼ばれている点です(マタイ19・20)。どうやら彼は若い人でした。つまりこれは、若い人が自分の死後の行く先を心配している話であるということです。高齢者がそのような心配を抱くという話であれば、まだ理解できるものがあります。同情に値します。しかし、この議員にはこの地上でしなければならないことが、まだまだたくさん残っていた。その彼が、自分の死後の行く先が心配になってイエスさまのもとに相談に来たという、考えてみるとかなり奇妙な情景を思い浮かべることができそうなのです。

その彼に対して、イエスさまが最初にお答えになったことは、「姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証するな、父母を敬え」という掟をあなたは知っているはずだ」です。これはモーセの十戒の特に後半部分です。いわゆる隣人に対する愛の戒めです。地上生活を正しく営むための倫理の命題と言ってもよいものです。すると、この議員は「そういうことはみな、子供の時から守ってきました」と言いました。おそらく彼は、子どもの頃から高度の宗教教育を受けて来たのです。わたしは間違ったことをしてこなかった。神さまから嫌われる理由は無い、と言いたかったのでしょう。

ところが、です。イエスさまは彼に「あなたに欠けているものがまだ一つある」とお続けになりました。「持っている物をすべて売り払い、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」

注目していただきたいのは、イエスさまが彼に欠けているものは「一つ」であると言っておられることです。しかし実際には二つのことをおっしゃっているようにも読めます。それは「持っている物をすべて売り払い、貧しい人々に分けてやること」と「わたしに従うこと」の二つです。しかしこの二つが「一つ」であると言われていることが重要です。イエスさまは、御自身に従うことと、持っている物を換金して貧しい人々に分けてやることとは、同じ一つのことであると言っておられるのです。

この話を聞いて、彼は「非常に悲しんだ」と記されています(24節)。マタイとマルコには「悲しみながら立ち去った」と記されています(マタイ19・22、マルコ10・22)。そして、彼が悲しみながら立ち去った理由も共観福音書のすべてに記されています。「大変な金持ちだったから」です。

しかし、どうでしょう。私はこの結末を読むたびに、「ちょっと待った!」と彼を後ろから呼びとめたくなります。そしてこの人に「あなたはイエスさまに何を相談しにきたのですか」と聞いてみたくなります。他にもたくさん問うてみたいことがあります。小一時間、問い詰めたい思いです。

あなたは確かに金持ちなのかもしれません。若いのに多くの財産を持っている。その財産が自分で稼いだものなのか、親から受け継いだものかは問わないでおきましょう。しかしどうしても気になることがあります。それは、「どうしたら永遠の命を受け継ぐことができるのか」というあなたの問いの中心にある事柄はただ単に自分の死後の行く先だけなのでしょうかということです。どうやらあなたは、ともかく自分だけは地上で幸せな人生を送り、さらに死んだあとまでも天国で幸せに暮らしたいと願っておられるようです。しかし、そのあなたの周りには地上の苦しみを味わっている国民が大勢います。いやしくも「議員」を名乗っているあなたの視野に国民の姿は全く入っていないのでしょうか。全く無視ですか。あなたは自分さえ良ければいいのですか。

そして最後に一つ付け加えたいことは「あなたの求めている天国には、お金は持っていけませんよ」ということです。あるいは「お金で天国を買うこともできませんよ」とも言ってみたい。このようなことを言いながら、だんだん腹が立ってくるかもしれません。

しかし、今申し上げたことはすべて私の考えです。イエスさまが同じことをお考えになったかどうかは分かりませんし、腹を立てられたかどうかも分かりません。しかし、断言できることがあります。それは、イエスさまがこの議員に対しておっしゃったことは大変厳しい内容をもっているということです。そしてその際どうしても無視できないことは、彼が国民の代表者であるべき人であったということです。彼が本当はしなければならないことは、自分の死後の心配などそっちのけで、国民の日常生活を心配することであったということです。この私の見方は間違っているでしょうか。

続けてイエスさまがおっしゃっていることは、ユーモアというよりは痛烈な皮肉です。「財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」このイエスさまの御言葉の解釈をめぐって必ず問題になるのは、「財産のある者が神の国に入ること」は「難しいことであるが可能なことである」ということなのか、それとも「全く不可能なこと」なのかという点です。

それで必ず問題になるのが「らくだが針の穴を通ること」は「可能」か「不可能」かという点です。驚くべきことに「可能」であると解釈する人々がいます。ただし、その解釈には特殊な手続きが必要です。その人々は、「針の穴」とは実はエルサレム神殿の一つの門の名前であるとします。ところが、その門は狭く窮屈なので、らくだたちは身をかがめて通る必要がある。しかし、全く通れないわけではない。求められるのは頭を下げること、すなわち謙遜な態度で通ることであると。

しかし、私が信頼を置いている注解書は、そのような解釈は無理であると主張しています。イエスさまがおっしゃっているのはラビたちも用いた誇張表現である。イエスさまが用いられた誇張表現の例としては「あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか」(マタイ7・3)などを挙げることができると。

私に言えることは、素朴に読めば「らくだは針の穴を通れない」としか読めないということです。そして、イエスさまが彼に語ろうとなさったことはこうであると私は理解します。もしあなたの視野と関心の中に「貧しい人々」が全く入っていないならば、あなたがた「議員」に託されているこの国が「神の国」になることは「不可能」である。従って、あなたは「神の国」に入ることはできない。

この話をわたしたちにとっての希望のメッセージとして受け取るためには、いま申し上げたことをちょうど正反対に言い直せばよいだけです。つまり、「財産のある人々」は「貧しい人々」の現実に目を向けなさいということです。これは使徒パウロがローマの信徒への手紙(14~15章)に書いている「強い者が弱い者を担うべきである」という教えにも共通しています。逆はありえません。弱い者が強い者を担うことはできません。強い者、あるいは財産を持っている人々が全力を尽くして弱い者、貧しい人々を助け、共に生きる道を探らなければならないのです。

(2009年8月9日、日本キリスト改革派千城台教会主日礼拝)

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2008年12月24日 (水)

「天に宝を積むために」

 (MP3音声、公開中!)

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ルカによる福音書18・18~30

日本キリスト改革派松戸小金原教会 牧師 関口 康

「ある議員がイエスに、『善い先生、何をすれば永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか』と尋ねた。イエスは言われた。『なぜわたしを「善い」と言うのか。神おひとりのほかに、善い者はだれもいない。「姦淫するな、殺すな、盗むな、偽証するな、父母を敬え」という掟をあなたは知っているはずだ。』すると、議員は、『そういうことはみな、子供の時から守ってきました』と言った。これを聞いて、イエスは言われた。『あなたに欠けているものがまだ一つある。持っている物をすべて売り払い、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。』しかし、その人はこれを聞いて非常に悲しんだ。大変な金持ちだったからである。イエスは、議員が非常に悲しむのを見て、言われた。『財産のある者が神の国に入るのは、なんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。』これを聞いた人々が、『それでは、だれが救われるのだろうか』と言うと、イエスは、『人間にはできないことも、神にはできる』と言われた。するとペトロが、『このとおり、わたしたちは自分の物を捨ててあなたに従って参りました』と言った。イエスは言われた。『はっきり言っておく。神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子供を捨てた者はだれでも、この世ではその何倍もの報いを受け、後の世では永遠の命を受ける。』」

クリスマスおめでとうございます。今夜お話ししますことは、クリスマスとは直接的には関係ないことかもしれません。しかしこの機会に聴いておいていただきたいことです。それは、聖書の中で「永遠の命」と呼ばれているものをわたしたちが手に入れるためにはどうしたらよいのかという問題です。

「永遠の命」と聞いてもピンと来ない方もおられるかもしれません。聖書には、これと同じ意味の「天国に入る」とか「神の国に入る」という言葉もあります。こちらのほうが分かりやすい方は、同じことを言っているとお考えいただいて構いません。聖書において「永遠の命」とは、永遠に生きておられる神との関係が永遠に切れないで生きていくことができる天国の生活です。永遠に生きておられる神と共に、永遠に生きていくことです。

その「永遠の命」をどうしたら手に入れることができるのでしょうかと、イエスさまに質問した人がいました。名前は出てきませんが、若い男の人でした。この人は「議員」でした。簡単に言えば、子供の頃からいろんな勉強を一生懸命にがんばってみんなから尊敬されるようになり、この国を代表するにふさわしい人物と認められた、そういう人でした。

その人がなぜイエスさまにこんな質問をしたのかという理由については、何も記されていません。しかし、だいたい想像はつきます。わたしはこれまで一生懸命がんばってきた。社会的に尊敬される、道徳的に落ち度のない生き方を貫いてきた。だから最高法院の議員になることができた。しかしまだ一つ足りないものがある。それが「永遠の命」である。わたしはこの先どんなに頑張ってもいつか死ぬ。死んでしまったら、頑張ったことが全部無駄になる。そんなのは嫌だ。わたしは死にたくない。

おそらくこんな感じのことをこの人は考えたのです。そしてイエスさまに質問しました。「何をすれば永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか。」するとイエスさまは次のようにお答えになりました。「あなたに欠けているものがまだ一つある。持っている物をすべて売り払い、貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、天に宝を積むことになる。」

イエスさまの答えを聞いたこの人は「非常に悲しんだ」と聖書に書かれています。非常に驚き、がっかりしました。なぜかと言えば、この人は「大変な金持ちだったから」です。皆さんの中にも悲しんだり驚いたりがっかりしたりした方がおられるかしれません。無理もないことです。なぜならこのときイエスさまが、この答えがこの人を悲しませ、驚かせ、がっかりさせるものであるということを初めから分かっておられながら、あえてこのようにおっしゃっているということは、どう考えても明らかだからです。

この人が何を感じたのかについてもだいたい想像がつきます。冗談じゃない。私の財産は、私が頑張ってきたことの証しではないか。それを売り払ってしまったら、「欠けているものが一つある」どころか何もない状態になってしまうではないか。人から軽んじられるばかりの惨めな生活を送らなければならなくなる。そんなのは嫌だし、理不尽だ。

ルカによる福音書には書かれていませんが、マタイによる福音書とマルコによる福音書には、この人は「悲しみながら立ち去った」と書かれています。この人がイエスさまの前から立ち去ったことの意味は、「持っている物をすべて売り払い、貧しい人々に分けてやりなさい」というイエスさまの勧めを受け入れず、事実上拒否したということです。貧しさの中で苦しんでいる人々がいることを知りながら、自分の財産を失うことによって自分の地位が維持できなくなることを恐れたのです。たとえ自分が貧しくなってでも困っている人を助けようというような気持ちまでは持つことができなかったのです。

イエスさまがこの人の嫌がるようなことを言っておられるのは明らかに試しておられるのです。テストの結果、彼は立ち去りました。これではっきりしました。この人のように自分のことしか考えない、貧しさに苦しんでいる人がどうなろうと関係ないと思っている人は「永遠の命」を受け継ぐことができないのです。天国に入ることができないのです。

誤解を避けるために別の言い方もしておきます。最初に申し上げましたとおり、聖書の中で「永遠の命を受け継ぐこと」と「天国に入ること」あるいは「神の国に入ること」とは同じ意味です。そこから考えてみていただきたいことは、「天国」とはどのような人々の集まるところであり、また「天国」とはどのような仕組みになっているところなのだろうかということです。

わたしたちもやがて天国に行くでしょう。そのとき、そこには自分のことしか考えない人ばかり集まっていると分かったらどうでしょうか。あるいはまた天国にも貧富の差がある。そして貧しい人の入るところと豊かな人が入るところとが違うようにできているとしたらどうでしょうか。天国にもVIPルームがある。そこに入れる特別な人と、入れない普通の人がいる。あるいは、エグゼクティヴクラスの座席とエコノミークラスの座席がある。そのようなところに行きたいと思うでしょうか。私は嫌です。

イエスさまが問題にしておられるのは、いわばそのようなことです。「そもそも天国とはどのようなところなのか」です。天国には貧富の差はないのです。全員同じなのです。

「一生懸命頑張って稼いだ人も、怠けた人も、天国では同じ待遇であるということか。それなら、怠けた人のほうが得ではないか。頑張った人のほうは馬鹿を見るではないか」と言われてしまうかもしれませんが、そういうのは問題のすり替えというのです。

イエスさまが問題にしておられることは、豊かな人々が貧しい人々を助けようとしないことです。強い人々が弱い人々を担おうとしないことです。わたしたちが生きているこの世界、社会全体が良くなっていくことを望まず、強い個人だけが生き残る。そのような状態を是認し、温存し続けることです。それは「天国」ではなく、むしろ「地獄」なのです。

今夜は日曜学校の子どもたちも大勢参加してくれています。ちょっと難しい話だったと思いますので最後は分かりやすい言葉で言います。

できれば皆さんは将来がんばってぜひお金持ちになってほしいと願っています。そうなることが悪いと言っているわけではありません。でも、そのお金は、ただ自分のためだけに使うのではないようにしてください。自分以外の人のため、とくに困っている人のために、せっせと使ってください。遠慮なく全部使い切ってください。自分のためには一円も残してはいけません。

でも、大丈夫です。困っている人を助けるために全部を使い果たした人のことを神さまは放っておかれません。神さまが必ず助けてくださいます。そのことをぜひ信じてください。

毎日のごはんやおやつを食べたり飲んだりしてはならないという意味ではありません。食べなければ飲まなければ死んでしまいます。そういう意味ではなく、自分の持っているものにしがみつくのではなく、自分の働きやお金が世のため・人のために役立っているということを喜び楽しんでくださいということです。それが「天に宝を積むこと」なのです。

父なる神さまは、独り子イエスさまをお与えくださったほどにこの世を愛してくださいました。それがクリスマスの出来事です。そして、イエスさまはわたしたちを救ってくださるために十字架の上で御自身の命をすべて使い切ってくださいました。そのイエスさまを父なる神さまがよみがえらせてくださいました。そのことをわたしたちはイースターのとき学びます。イエスさまのご生涯は、どうしたら「天に宝を積むこと」ができるのかをわたしたちに教えてくれる模範です。

イエスさまのように生きること、あるいは全く同じでなくてもイエスさまの真似をして生きること、それが「天に宝を積むこと」なのです。

(2008年12月24日、松戸小金原教会クリスマスイヴ礼拝)

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2007年12月16日 (日)

「栄光と平和の満ちる世界」

ルカによる福音書2・13~14

日本キリスト改革派松戸小金原教会 牧師 関口 康

「すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。『いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。』」

今日を含めて三回、救い主イエス・キリストがお生まれになったときに、ベツレヘムの羊飼いたちに起こった不思議な出来事を学んできました。羊飼いたちは、野宿をしながら夜通し羊の群れの番をしていました。そこに主の天使が近づいて来て、主の栄光が周りを照らしました。そして、天使が「民全体に与えられる大きな喜び」を羊飼いたちに告げたのです。

その喜びの内容は、「あなたがたのために救い主がお生まれになった」ということでした。その意味は、救い主という仕事をする人が来ました、で終わるものではありません。その救い主によってあなたがた自身が救われる、ということです。その救い主は、あなたがたを、あなたを救うお方である、ということです。

そして、その喜びの知らせは「民全体」に与えられたものであると言われている以上、救われるのは羊飼いたちだけではなくまさに「民全体」であると言わなければなりません。そして、この「民全体」の意味は全人類であると理解すべきであると、先週申しました。そうです、救い主イエス・キリストが持っておられる救いの力は、わたしたち自身を含む、全人類にとって有効なのです。

しかし、このように言うだけでは、まだ足りません。加えて申し上げねばならないことがあります。それは、たとえ救い主の持っておられる救いの力が“全人類にとって有効”であるとしても、それは一方的に押しつけられるようなものではない、ということです。

イエス・キリストの救いの力は、いわば、美味しいごちそうです。しかし、それを本当に美味しいと感じるのは、それを食べたことがある人だけです。あるいはまた、そのときにお腹がすいていた人だけです。食べたことがないし、食べるつもりもないし、今は別のものを食べて満腹しているという人にとっては、「これは美味しいものだ」と言われても、その味を知ることはできませんし、美味しいと思うこともありえません。

イエス・キリストを食べる、あるいは、キリストの救いの力を食べるとは、もちろん、すなわち、信じることです。信じたことがないし、信じるつもりもないし、今は別のものを信じて生きているという人には、イエス・キリストの救いの力が及ぶこともありえないのです。

その意味で、教会はレストランです。「ここで、美味しいごちそうを食べてください」と勧める務めがあります。店構えを整えたり、部屋の掃除をしたり、チラシを配ったり看板を立てたりすることは、わたしたちの仕事です。しかし、「要らない」という人の口を無理やりこじ開けて食べさせることはできませんし、そのようなことをすべきでもないのです。

しかし、わたしたちにできることもあります。実際食べた者たちが、「これ美味しいよ」と多くの人に教えてあげることです。レストランの評判を伝える最も有効な方法は口コミです。

また、実際にそれをいつも食べているわたしたちが、美味しそうな顔をすることです。楽しそうに店に通うことです。そうすれば行列ができる店になる。「あそこに行けば何かがある」と思うのです。

イエス・キリストの救いの力が「全人類」に及ぶために必要なことは、その救いの力によって実際に救われた人々が本当に心から喜んで生きていることです。わたしたちの喜ぶ姿が、わたしたちの笑顔が、世界に救いをもたらすのです。

主の天使に天の大軍が加わった、とあります。どういう意味でしょうか。考えられることを申し上げておきます。理解の鍵と思われるのは、羊飼いたちの前に現れた「主の天使」は単数であるということです。ここにいる天使は、ひとりです。ひとりの天使が、羊飼いたちに向かって福音の説教をしたのです。

しかし、そこに天の大軍が加わりました。もちろん、それは複数の存在です。説教は、基本的に一人でするものです。ある意味で孤独な仕事でもあります。しかし、もし複数の説教者が思い思いに同時に説教しはじめたら、聴く側の人にとっては、たぶんそれを聞き取ることができません。言葉が重なり合って、何を言っているのか分かりません。

しかし、そのとき説教者が本当に「わたしは孤独だ」と考えるとしたら、大きな間違いです。その説教者の背後に、天の大軍がいます!それは賛美する存在です。聖歌隊を思い浮かべるべきでしょうか。選び抜かれ、特別な訓練を受けた人々。おそらくそれだけではありません。

むしろ、それは、神を賛美する存在のすべてです。福音の喜びを賛美奉仕という仕方で表現する存在、それこそが「天の大軍」の姿なのです。

もちろん、神賛美の歌声も聴きとることができます。何を言っているのか分からないということはありません。しかし、賛美と説教は明らかに異なります。説教そのものは歌ではありません。私は今、ここで歌っているわけではありません。説教は論理的な言葉です。論理を用いて語ることができるだけです。

しかし、賛美は論理を超えた言葉です。メロディーがあり、リズムがあり、ハーモニーがあります。説教と賛美。これは礼拝の基本的な要素です。この点から言えば、説教者はなんら孤独ではありません。ベツレヘムで行われた世界で最初のキリスト教礼拝は、天使と天の大軍のコラボレーション(共同作業!)によって行われたのです!

そして、天使と天の大軍の大合唱の内容は、本質的に祈りであったということも加えて申し上げておきます。説教、賛美、そして祈り。祈りも礼拝を構成する重要な要素です。

「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」と言われています。「あれ」とは「あれ!」と命令しているのではなく、「ありますように」と祈っているのです。「いと高きところ」とは天です。天とは、神がおられるところです。それ以上の意味はありません。つまり、天の大軍が歌っていることは、「神のおられる天に、栄光がありますように」であり、神御自身に栄光がありますように、です。

そして、「地」とは、この世界です。神が創造された万物の生きているこの地上の世界です。この地上の世界に生きる「御心に適う人に」平和がありますように、と歌われているのです。

またここに新たな問題が生じます。「御心に適う人」とは誰のことだろうか、という問題です。しかし、これは難しい問題ではありません。先ほど申し上げたことのほとんど繰り返しであると思っていただいて構いません。

ここで歌われている「御心」の意味は、第一義的には神の意志です。神というお方は、御自身の意志を持っておられる存在です。意志とは、要するに、考えです。思想であり、計画であり、方針です。プランであり、スケジュールです。そして、それを決断すること、決定することです。その一切の意味を含んでいるのが「御心」という言葉です。

そして、その神御自身の決断と決定による計画ないし方針に「適う人」とは、もちろん、それに従う人です。神の御心を信頼し、それに従順に服従する人です。その人々のもとに平和がありますように、と言われているのです。

しかし、このようにだけ申しますと、おそらく皆さんの心の中に、ある一つのイメージが描かれてしまうのではないかと予想いたします。それは次のようなイメージです。

「御心に適う人」とは、要するに、神が決定されたことにただ忠実に従うことができる人のことである。その場合、たとえその決定された内容が納得行かないものであっても、理解できないものであっても、承服できないものであっても、いわば軍隊式に、上からの命令に対しては下の者は黙って従うしかないという仕方で、何が何でも、我慢強く、神について行く人のことである、というようなイメージです。

そして、そこに付け加わる密かな思いは「それはわたしではない」ということではないでしょうか。わたしはそんなに従順ではないし、我慢強くもない。納得の行かないことには、ついて行けない。そのようなわたしは「御心に適う人」には、なれそうもない、と。

しかし、私の願いは、どうかそういうふうに理解しないでいただきたいということです。ここで歌われている「御心に適う人」の意味は、そういうことではありません。我慢強さとか、悪い意味での禁欲的な絶対服従というようなことは、全く関係ないのです。

その事情は、むしろ、先ほどの繰り返しであると申し上げた通りです。「御心に適う人」とは、レストランで美味しいごちそうを食べて「ああ、本当に美味しい」と喜んでいる人です。美味しいものを食べて、美味しいと感じ、「美味しい」と言うだけのことです。そこには、命令だの服従だのというような強制的な要素は、微塵もありません。

実際、神の御心の本質は、喜びです。神御自身が喜びに満ちあふれた方であり、また、その喜びを何とかして地上の世界と、そこに生きるすべての者たち、とりわけわたしたち人間の中に伝えたいと、神御自身が願っておられます。神は、わたしたち神の子たちを、何とかして喜ばせたがっておられる父親なのです。

自分の子どもを何とかして嫌な思いにさせ、どうにかして苦しみを味わわせようとする親がいるとしたら、本当に困った存在です。イエスさま御自身が、次のようにおっしゃいました。「あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか」(マタイによる福音書7・9~10)。

そういう親は一人もいない、と言いきれない現実の中にわたしたちが生きていることはどうやら事実です。しかし、それはもちろん、非常に残念なことです。実際、そのような親のもとで幼少期を過ごした人々の中には、この世界そのものを愛することも受け容れることもできないと感じ、苦しんでいる人が大勢います。

もちろん親だけのせいにするわけにはいきません。社会的環境、あるいは政治、あるいは宗教にも、大いに責任があります。

繰り返し虐待を受けてきた人々にとっては、この世界こそが地獄であると感じるものであるに違いない。そして、その人々にとっては、この世界の中から取り上げられること、地上の世界から飛び出し、別の世界へと移されることこそが真の救いである、と言いたくなる場面があるに違いない。そのような思いの中にいる人々のことを、私が全く知らずにいるわけではないのです。

しかし、です。イエス・キリストはとにかく来てくださいました。救い主はお生まれになりました。わたしたちはこのことにしっかり踏みとどまるべきです。イエス・キリストがお生まれになったことは歴史的事実です。誰も否定できません。この世界は、イエス・キリストが来てくださった世界です。キリストの救いが実現した世界であり、少なくともそれが始まった世界です。ともかくここは“救いなき絶望の世界”ではないのです!

そしてこの方の救いのみわざは、とにかく行われました。そして、この方によって現実に救われた人は大勢います。この私もそうですし、ここにいる皆さんがそうです。教会の中にいる人々は、本当に厳しく辛いところを通って来た人々ばかりです。しかし、救い主イエス・キリストへの信仰によって慰めと喜びを与えられて生きています。

わたしたちの笑顔は、世間知らずな笑顔ではありません。むしろ、わたしたちは、ごちそうを食べた者たちなのです。神の恵みを喜び楽しんでいる者たちです。その意味で、わたしたち自身が「御心に適う人」なのです!

ですから、天使が祈ってくれた「地上の平和」は、将来的にもしかしたら実現するかもしれないが、願っても祈ってもなかなか手の届かない、虚しい望みにすぎないようなものではありません。むしろ、それは、あなたの目の前にあります。救い主イエス・キリストを信じて生きる人生そのものが、わたしたちの体験しうる「地上の平和」なのです!

(2007年12月16日、松戸小金原教会主日礼拝)

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2007年12月 9日 (日)

「大きな喜びの告知」

ルカによる福音書2・10~12

日本キリスト改革派松戸小金原教会 牧師 関口 康

「天使は言った。『恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。』」

今日お読みしましたのは、ベツレヘムの羊飼いたちに対して、主の天使が告げた言葉の一部です。

天使はまず、「恐れるな」と言いました。それは、9節にあるように、羊飼いが「非常に恐れた」からです。恐れている相手に、恐れてはならないと言っているのです。

羊飼いたちが恐れた理由は「主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らした」からです。不思議な光景だったからでしょう。あるいは驚くべき、あるいは恐るべき光景だったからではないでしょうか。

私はまだ、天使なるものを見たことがありません。皆さんの中で、「私は見たことがある」という方がおられましたら、ぜひ教えていただきたいところです。もし会えるものなら、いつか会ってみたいと願っています。

しかし、もしかしたらそれを見る場面が、わたしたちにもあるかもしれない、と考えてみることはできそうです。そして、もしそれが起こるとしたらどのような場面なのだろうかと、具体的に想像力を働かせてみることはできそうです。

それはどういう場面でしょうか。おそらくそれは、天国の光景ではないかと思います。わたしたちは「天国に行く」と言います。この言い方が絶対に間違っているなどと、私は言ったことはありません。わたしたちはたしかに天国に行くのです。

しかし、わたしたちは、天国には「死んでから行く」と言いますし、そのように考えるでしょう。もしかしたら羊飼いたちも、わたしたちと同じように考えたのかもしれません。今わたしたちは天使を見ている。ということは、今ここはまさに天国である。ということは、わたしたちはもう死んでいるのではないか。あるいは、まもなく死ぬということか。天使がわたしたちを「お迎えに来た」のではないだろうか、と。

しかし、天使は羊飼いたちに「恐れるな」と言いました。このことは、おそらくわたしたちにも当てはまることです。もし、わたしたちが地上の人生の中で天使に出会うという不思議な出来事が起こったときにも、おそらく天使は、羊飼いたちに語ったのと同じ言葉をわたしたちにも語るでしょう。「恐れるな!」と。

そもそも天使は、何も、わたしたちを「お迎えに来る」存在ではないのです。そういう話は、本当に、全く別の宗教の話です。キリスト教の話ではありません。

キリスト教の話は正反対です。天使がわたしたちを天国に連れて行くのではありません。天使が、わたしたちの生きているこの地上の世界に、“天国の喜び”を持って来てくれるのです!

ですから、わたしたちも、もし地上で天使に出会うことがあったとしても、「ああ連れて行かれる」と恐れるべきではありません。むしろ、喜ぶべきです。地上の世界が、わたしたちの生きている現実が、闇から光に変わると信じるべきです。こちらで、天国の喜びを味わうことができるのだと、感謝すべきなのです。

さて、ここで話を少し先に進めます。「恐れるな」の次に天使が語った言葉は「わたしは民全体に与えられる大きな喜びを告げる」です。この御言葉がわたしたちに対して持っている意義は、非常に大きいものです。注目していただきたい言葉は二つです。第一は「民全体」、そして第二は「大きな喜びを告げる」です。

第一の「民全体」の意味から申し上げます。二つの意味が考えられる、と解説されています。一つは「神の民イスラエル」です。聖書の神を信じて生きている信仰者たちです。しかしもう一つの意味は「全人類」です。どちらの意味なのかを確定することは、文法的には不可能です。

私の考えは、“どちらの意味にもとれる”ということ自体に意義がある、ということです。ここでわたしたちが深く考えてみるべきことは、「喜び」の本質は何なのかということです。ここでの「喜び」の内容は、もちろん「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった」ことです。救い主イエス・キリストがお生まれになった。この出来事こそが「喜び」です。

しかし、その次にすぐに起こる問題がある。それは、はたしてそれは、本当に「喜び」なのかということです。なぜそれが問題なのか、またすぐに起こる問題なのでしょうか。それは、次の点に注目していただきますと気づいていただけるはずです。すなわち、それは、救い主イエス・キリストがお生まれになったというこのことを、喜ぶ人だけではなく、喜ばない人もいるということを、わたしたちはよく知っている、という点です。

そもそも「喜び」は、一方通行では成り立たないものです。「喜べ」と命令されたからといって、「喜ぶほうがいいよ」と勧められたからといって、誰でも必ずすぐにそうすることができるようになるというような性格のものではありません。

キリスト教などには全く興味がない、という人にとっては、救い主イエス・キリストがどこに・どのように生まれようと全く関係ありません。イエス・キリストのご降誕を喜び、感謝し、お祝いすることができるのは、少なくともキリスト教に興味があるという人だけです。この宗教、この信仰を、わたしの宗教、わたしの信仰として受け入れている人だけです。

この点からしますと、主の天使が救い主イエス・キリストのご降誕を「大きな喜び」として告げ知らせた「民全体」の意味は、もっぱら「神の民イスラエル」です。聖書の神を信じる信仰者たちです。そのように限定して考えることは、不可能ではありません。

しかし、そのように言い切ってしまうことには問題もあります。問題は、信仰者は固定しているのだろうか、ということです。今信じている人々だけが信仰者なのだろうか、ということです。今日はまだ信じていないかもしれないが、明日は信じるかもしれない人々を加えることはできないだろうか、ということです。今年は信じていないかもしれないが、来年は信じることができるかもしれない人はいないでしょうか。五年後はどうでしょうか。十年後はどうでしょうか。

今はまだ、イエス・キリストが、どこに・どのように生まれようと、全く興味がないと思っている。しかし、そのような人々の中に、ある日・あるとき、突如として、キリスト教への関心を抱く人がいるかもしれない。教会に通うようになり、説教を聴くようになり、聖書を読むようになる。かつてはどうでもよいと思っていたことが、「なんと。わたしは、とんでもない思い違いをしていた。この救い主イエス・キリストは、このわたしのために生まれてくださったのだ」ということに気づき、深く認識し、心動かされ、喜びと感謝に満たされる人がいるかもしれない。

その希望をわたしたち自身が捨てることは、ありえないことです。その希望をすっかり失ってしまっているような教会は、そもそも存在する意味がありません。この点から言うならば、「民全体」は、「全人類」の意味で理解することが許されていると思います。天使の知らせは、今すでに信仰者である人々だけに届けられたものではなく、これから信仰者になる人々にも届けられたのです!

もう一つ、注目していただきたいと、私が先ほど申し上げました言葉は、「大きな喜びを告げる」という言葉です。ご理解いただきたいことは、このまさに「大きな喜びを告げる」(ユーアンゲリゾーマイ)という言葉自体が「福音の説教」を意味する、ということです。つまり、天使がベツレヘムの羊飼いたちに行ったことは「福音の説教」である、ということです。

わたしたちが「説教」というものを耳にする場所は、主に教会です。教会の礼拝です。そのことが、この羊飼いたちにも当てはまると言ってよいでしょう。すなわち、二千年前のベツレヘム、この場面で起こった出来事の本質は、わたしたちがまさに今ここで行っている教会の礼拝と同じである、ということです。

ただし、そのときの説教者は、牧師ではありません。主の天使が説教者です!しかし、そこで語られたのが「説教」であることには変わりがありません。

神の御言葉が語られ、それが、聴く人々の心に届き、受け入れられ、信じられるところに、真の礼拝があります。

先週の説教で私が最初に申し上げたことは、ベツレヘムでキリスト教が始まったということでした。今読んでいるこの個所に記されているのは、全世界、全人類、全歴史における最初のキリスト教礼拝の場面である、ということです!

その意味では、わたしたちは、天使に直接出会う必要はもはやありません。わたしたちには、この教会があります。この礼拝があります。ここで毎週、説教が語られています。二千年前の天使が語ったのと本質的に同じことが、教会の礼拝の説教において語られています。

私の顔がもう少し天使のようであればよいのに、と思わずにはいられません。しかし、顔など見ないでください。強いて言えば、言葉を聴いてください。あるいは、聖書を直接読んでください。そして、どうか、信じてください!喜んでください。あなたのために、わたしのために、イエス・キリストがお生まれになったのだ、ということを。

そのとき、皆さんの心に、本当の「喜び」が生まれるでしょう。天使が告げた「大きな喜び」が、あなたの喜び、わたしの喜びになるでしょう。

救い主は「布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」の姿をしている、と天使は告げました。生まれたばかりの赤ちゃんは、その姿を見つめる者たちの心をなごやかにしてくれるものです。もちろんここでも正反対の反応を起こす人々のことを思い浮かべずにいられません。子どもは苦手です。そういうふうにおっしゃる方がいます。おそらく、心の中が何らかの理由で穏やかでない方です。

しかし、その場合にじっと考えてみていただきたいことがあります。自分自身もかつては赤ちゃんだったではないか、ということです。この赤ちゃんと同じ姿、何もできない、求めるばかりの、泣くばかりの存在だったではないか、と。

赤ちゃんの存在は、平和のシンボルであると同時に、希望のシンボルです。赤ちゃんを大切に思う心は、地上の世界の歴史的将来を大切に思う心に通じます。赤ちゃんが大切にされない社会の将来は、暗黒です。

おそらく、ベツレヘムの羊飼いたちにとっても、同じことが言えるでしょう。自分たち自身は必ずしも裕福だったり幸福だったりしなかったかもしれません。平凡な日々を過ごしていたかもしれない。社会にも政治にも絶望していたかもしれません。

しかし、その現実を変えてくれる存在が、この地上にお生まれになった。今は「飼い葉桶の中」という、必ずしも裕福でも幸福でもない場所にいる。しかし、この方こそが救い主である。

今はまだ、乳飲み子だけれども、やがて立ち上がる。

やがて言葉を語りはじめる!

やがて働きをはじめ、救いのみわざを行ってくださる!

それは、彼ら自身にとっての生きる勇気、希望の力になったことでしょう。

「この人生、捨てたものではない」と確信できる根拠となったでしょう。

(2007年12月9日、松戸小金原教会主日礼拝)

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2007年12月 2日 (日)

「神の栄光の舞台」

ルカによる福音書2・8~9

日本キリスト改革派松戸小金原教会 牧師 関口 康

「その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。」

「その地方で」とは救い主イエス・キリストがお生まれになったユダヤのベツレヘムのことです。今から二千年前のベツレヘムで起こったことは何でしょうか。

いろんな答えがありうると思います。私の答えは、こうです。そこで“キリスト教”が始まったのです!今やキリスト教は全世界に広がる一大宗教です。ベツレヘムはキリスト教の発祥の地である、ということです。

ただし、今申し上げたことは厳密な言い方ではありません。15節で羊飼いたちが「さあ、ベツレヘムに行こう」と言っています。しかし8節の「その地方」は明らかにベツレヘムです。すでにベツレヘムにいる人が「ベツレヘムに行こう」と言うのは奇妙なことです。

しかしこれは難しいことではないと思います。考えられることは、そのとき羊飼いたちがいた場所は、同じベツレヘムであっても中心ではなく、周辺であったに違いないということです。わたしたちも時々「松戸に行く」とか「柏に行く」と言うではありませんか。すでに松戸市民であり、柏市民であるにもかかわらずです。それだけで、行き先はどこであるかの話は、十分に通じています。

もし今私が申し上げたことが正しいとするならば、ここで分かることが一つあります。それは、キリスト教の発祥の地はベツレヘムの中心ではなく、周辺地域であった、ということです。しかもその場所は、「羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた」ような地域であった、ということです。

いずれにせよ間違いなく言いうることは、少なくともそこは“都会”と呼ばれるような地域ではありえなかった、ということです。人がたくさん集まる宿場町でもなければ繁華街でもありません。もしかしたら整備された道もない。おそらく学校もない。先生も学生もいない。それは、わたしたちの多くが“田舎”とか“過疎地”と呼ぶような地域です。

そのようなところで「キリスト教」が始まったのです!キリスト教は「洗練された都会の宗教」として始まったわけではないのです。このあたりのことについては今日、改めて根本的に考え直されなければならないものがあるように思います。

羊飼いたちは「野宿」をしていた、とあります。「夜通し羊の群れの番をしていた」ともあります。それでは彼らは、夜が明けて朝が来ると、野宿をやめてそれぞれ自分たちの家に帰り、温かい布団にもぐって眠ったのでしょうか。

そうではなさそうです。朝になっても昼になっても、彼らは同じ場所で生活していたのです。温かい布団はあったかもしれません。しかし、その布団が敷かれている場所は地面です。サソリやヘビ、さまざまな虫やミミズが這っている地面です。鷹や鷲、スズメバチやコウモリが飛んでくるかもしれない、オオカミや野犬が襲いかかってくるかもしれない、危険に満ちた野外です。

当時の人々は、だいたいみんな似たり寄ったりの生活をしていたのでしょうか。そんなことはありません。豪勢な王宮に住んでいた人々もいました。大きな神殿で生活していた宗教家たちもいました。そのように聖書が証言しています。

しかし、キリスト教は王宮や神殿に住んでいる人々から始まったものではありません。夜だけではなく、朝も昼も、多くの危険に満ちた野外で生活していた人々から始まったのです!

9節に、その人々のところに「主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らした」とあります。最初に注目していただきたいのは、「近づき」(エペステー、(原)エピステーミ)という言葉です。これは「近づく」という意味の他に「やってくる」、「上に立つ」、「傍らに立つ」、そして「襲いかかる」という意味にもなる言葉です。

しかも、この言葉(エペステー)は、多くの場合、それが予期せぬ突然の出来事、不意打ちの出来事であることを示します。そのようにギリシア語の辞書などに書かれています。これで分かることが二つあります。

第一は、ベツレヘムの羊飼いたちの前に主の天使が現れるというこの出来事は、前後の脈絡など全くなかった、まさに「突然」起こったことであったということです。言い換えればそれは、羊飼いたちの側に「主の天使に来てもらいたい」という長年の祈りがあり、彼らの祈りに応える仕方で天使たちが来てくれた、というような事情ではないということです。彼らの切なる祈りが、主の天使を“呼び寄せた”わけではない、ということです。

そしてこの点が、これから申し上げる第二の事柄につながります。「近づく」という言葉に含まれる「突然の」というニュアンスから分かる第二の事柄は、そこにいたベツレヘムの羊飼いたちの“心”の中にあったものをも表しているに違いない、ということです。

彼らは天使の到来など全く予期していなかったし、祈ってもいなかったし、期待もしていなかったのです。ここでわたしたちが問題にしなければならないことは、その理由です。

羊飼いたちは、絶望を感じていたのではないでしょうか。お世辞にも「恵まれている」とは言えない生活。「私は社会的に取り残されている」という絶望感を覚えるような過酷な労働。このあたりで、わたしたち自身の現実と重ね合わせてみることができそうです。

光が当たるのは、われわれではなく、別の人々である、と思い込む。それはただの思い込みでもなく、まさに事実であり、現実である。未だかつて脚光など浴びたことは一度もないし、これからもないだろうと自覚している人々。しかし、一抹の寂しさや絶望さえも感じていたのではないでしょうか。

羊飼いたちが天使の到来を「突然」の出来事として認識した理由は、そのようなことはそもそも最初から諦めていたことであり、願うのもむなしいことであると感じていたことだったのではないでしょうか。

そのような人々のところに主の天使が「近づいて」来た!このように、これは、羊飼いたちの“心”に深くかかわる出来事であった、と理解することは重要であると思われます。

しかし、それだけではありません。今申し上げた「近づく」(エペステー)という言葉が持っている、いくつかのニュアンスはまだまだたくさんありますし、それぞれ重要な意味をもっています。

第一に「やってくる」というニュアンスがある、と申しました。その意味は、こうです。その日その時まで存在しなかったものが存在するようになった、ということです。まさに前代未聞の出来事が起こった、ということです。

第二に「上に立つ」というニュアンスもある、と申しました。その意味は、こうです。もともと地上の世界に存在しなかったものが到来したのだけれども、しかしまた、それは地上に属するものへと完全に同化してしまうのではなく、あくまでも天上に属するものであり続けるという仕方で「近づいた」のだ、ということです。

しかし、それはまた、第三に「傍らに立つ」という意味にもなります。それは、ここで羊飼いたちと天使との関係は、単なる(悪い意味での)上下関係ではありえない、ということです。天上に属する存在が地上に属する者たちを“上から”威圧し、屈服させ、支配するために来たのではありません。「傍らに立つ」というかぎりにおいて「助ける」という意味にもなります。天使は、羊飼いたちに温かく寄り添い、助けるために来たのです。

しかし、それだけではありません。先ほど第四に申し上げました「襲いかかる」というニュアンスも重要です。羊飼いたちも人間であるかぎり、罪を持っていたからです。

「天使」とは神の使いであり、神の代理者です。神が人間にお求めになることを伝えに来る存在です。そのため、「主の天使」は、“神の啓示”という概念とほとんど一致します。天使の言葉は、そのまま神の言葉です。神が人間にお求めになることは、自分の罪を悔い改めることです。そして神の御心に喜んで従うこと、そのような者として生きることです。

しかも、そこで重要なことは、相手が神であるということです。神はなんでもご存じの方なのですから、神の御目に見えない場所は、どこにもないのです。人間に隠れる場所はありません。全部見えています。見えていない、と思い込んでいるのは人間です。隠れて悪いことをする。誰にも分からないだろうと考える。そのような人間の前に、神は、突然現れるのです。抜き打ちテストを仕掛けてこられるのです。しかも、その抜き打ちテストは、人間を断罪するためにではなく、人間を罪の中から救うために行われるものなのです。

さて、次に考えていただきたい問題は、「主の栄光」とは具体的に言うと何なのか、また、主の栄光が照らした「周り」とは具体的には何なのか、ということです。この件についてご理解いただきたいことを、三点だけ申し上げておきます。

第一は、「主の栄光」という概念の意味は、神御自身の存在とみわざの放つ豊かな輝きのことであり、それは「主の救い」という概念とほとんど一致するということです。つまり、「主の栄光」とは、主なる神の救いのみわざの輝きのことです。創造のみわざも主なる神のわざですが、創造のみわざは人間の罪によって汚されました。神の創造のみわざとしてのこの世界とわれわれ人間たちが輝くためには、この世界を罪から救い出す力を持つ神の救いのみわざが必要なのです。

そして、この意味での「主の栄光」が照らす「周り」とは、ほとんど間違いなく、地上の世界とそこに住む人間のことです。しかもそれは、人間の体だけでなく、心も含んでいます。それは「主の栄光が周りを照らした」ことによって「彼らは非常に恐れた」と書かれているとおりです。なぜなら、「恐れる」のは人間の“心”だからです。彼らが恐れたのは、その心を主の栄光が照らし、そこに救いの御手が及んだからです。“心”に対する影響を考えなければなりません。

しかしそれだけではありません。これから申し上げる第二の意味は、今申し上げた第一の点に行きすぎが起こらないための歯止めにする意図があります。今日の個所に描かれている出来事を、人間の“心”の問題だけに押し込めてしまってならないと思うからです。宗教の問題を心理学の問題にしてしまってはならないのです。

それは、主の栄光が照らす「周り」のなかには人間の心だけではなく、少なくとも体が含まれていますし、人間だけでもなく、世界とその中にあるすべてのものが含まれているということです。まさに神が創造された現実のすべてです。つまり、ここで言われている「周り」とは、「地上の現実」という概念と内容的にほとんど一致する、ということです。

第三に申し上げることは、第二の点の言い換えです。主の栄光が照らす「周り」の第一義的な意味は、まさに「地上の現実」であり、そこに主の天使が「近づいてきた」のです。ご理解いただきたいことは、この話は、このとき羊飼いが一時的に地上を離れて、天上の世界に行き、そこで主の栄光に照らされたという話ではないということです。羊飼いたちは、彼らの暗く惨めな現実から一時的に逃避して、主の栄光の満ちあふれる天上の世界を垣間見て、心の慰めと平安を得ただけである、というふうに考えてはならないのです。

もしそうだとするならば、地上の世界は、相変わらず暗黒のままです!

われわれの日常生活は、神の救いも神の恵みも及ばない、まさに暗黒の世界のままです!

しかしそうではありません。主の栄光が輝いているのは天上の世界だけではありません。「輝いているのは天上だけであり、地上は真っ暗だ」と考えてはなりません。主の救いはわたしたちが生きているこの現実、この社会、わたしたちの(あまりにも平凡で、退屈で、砂を噛むような)この日常生活に届いています。わたしたちが救われるのは、この地上の世界においてです。地上の世界は「神の栄光の舞台」(カルヴァン)なのです!

そして、それこそが、神の御子なる救い主イエス・キリストが地上にお生まれになった意味です。主の栄光をもって地上の世界を豊かに輝かせてくださるためです。短く言えば、わたしたちがこの地上の人生を元気に喜んで生きることができるようにしてくださるために、イエス・キリストは来てくださったのです!

(2007年12月2日、松戸小金原教会主日礼拝)

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2007年1月21日 (日)

「復活の希望に生きよう」

ルカによる福音書の最後の段落には、イエス・キリストはよみがえられた、ということが、はっきり分かるように記されています。

「こういうことを話していると、イエス御自身が彼らの真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。」

読み返してみて面白いことに気づきました。それは、よみがえられたイエスさまがお姿を現わしてくださったタイミングに関することです。四つの福音書で、それぞれ違います。今ここでいちいち比較することは割愛します。申し上げたいことは、ルカの記述には非常に興味深い一つの意図を感じる、ということです。

ルカは、主イエスの復活に関して、大きく分けて三つの出来事を記しています。

第一は、イエスさまのお墓の前で、婦人たちが、二人の人(天使)から、イエスさまはよみがえられたという言葉を聞いた、という出来事です。ただし、このとき婦人たちは、イエスさまのお姿を、まだ見ていません。天使の言葉を聞いた、そして信じただけです。

第二は、先週学びました、エルサレムからエマオまで二人の弟子が歩いている途中に、復活されたイエスさまから聖書の御言葉についての解説をしていただき、共に食事をした、という出来事です。ただし、重要なことは、弟子たちが「この方はイエスさまである」と気づいたときに、イエスさまのお姿が見えなくなった、という点です。

そして、第三の出来事を、これから学ぼうとしているわけですが、イエスさま御自身が弟子たちの真ん中に立ってくださり、弟子たちと直接会話(コミュニケーション)を交わしてくださった、という出来事です。

わたしがこのたび今さらながら気づかされたことは、この第三の出来事が、第一と第二の出来事と大きく異なる点があるということです。それは、順を追って読めば、はっきり分かることですが、第三の出来事に至って、ここに来て初めて、イエスさまが弟子たちの前に、完全にお姿を現わしてくださったのだ、ということです。

第一の出来事のように、天使のようないわば第三者から、話として伝え聞いた、というだけではない。また第二の出来事のように、「この方がイエスさまである」と気づいたときには姿が見えなくなるという、いくらか不完全な感じが残る、断片的なお姿でもない。

ここに来て初めて、全く目に見える、手で触れることができる、直接会話を交わすことができる、全くリアルな存在として、イエスさまが弟子たちの前に現われてくださったのです。それが、ルカによる福音書が描いている順序です。

そして、私が興味深いと感じたことは、第三の出来事が起こったこのタイミングです。それは、ルカが書いているとおりであるとすれば、「こういうことを話して」いたその最中、その瞬間です。つまり、彼らは、婦人たちが天使から聞いて使徒たちへと伝えた言葉を、また、エマオまでの途上で二人の弟子たちが体験したことを「話していた」のです。まさにその最中、その瞬間に、イエスさまが現われてくださったのです。

彼らの言葉がイエスさまを呼び出した、と言いたいわけではありません。人間の言葉が死者の霊を呼び出す、というようなのは別の宗教の話です。

私が申し上げたいことは、お墓の前で天使の声を聞いた婦人たちも、また、エマオまでの旅の途上でイエスさまの聖書解説を聞いた弟子たちも、本当にイエスさまはよみがえられたのだと心から確信して、一生懸命に話していたはずである、ということです。

そのように、まさに一生懸命に話していた彼らの前に、復活されたイエスさまが、お姿を現わしてくださったのです。イエスさま御自身が、「彼らの言っていることは本当ですよ」とサポート(支持)してくださるように、あるいはガード(防御)してくださるように、御自身の完全なお姿を現わしてくださったのです。

このタイミングに、イエスさまの弟子たちに対する深い愛情を、読み取ることができるように思います。それが、私がこのたび感じとった、ルカが描こうとした意図です。

「彼らは恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った。」

彼らは、なぜ「恐れおののいた」のでしょうか。「恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った」と書かれていますが、彼らが恐れおののいた理由は、イエスさまのお姿が「亡霊」のように見えたからでしょうか。そうかもしれません。しかし、必ずしもそうではないと考えることもできるように思います。

なぜ「恐れおののいた」のかというと、おそらく、彼らは死んだ人がよみがえるはずがない、という絶対的な確信をもっていたからです。「亡霊」の存在なども、おそらく彼らは信じていません。「亡霊」を見たから恐れた、ということになりますと、論理的に言えば、彼らは「亡霊」の存在を信じている、という話になってしまいます。しかし、実際はそうではないのだと思います。

余談ですが、私もそうです。41年生きてきましたが、私は、今まで一度として「亡霊」なるものを見たことがありません。感じたことも全くありません。だからどんなところでも入っていけるし、何も怖くありません。基本的な大前提として、そういうものは存在しない、と思っているからです。私は無神論者ではありませんが、亡霊信仰のようなものを持っているわけではないのです。

しかし、私にとって最も恐ろしいことは、自分の確信を揺り動かされてしまうときです。亡霊など怖くありません。自分の前提が崩されることが、最も怖いのです。イエスさまの弟子たちもそうだったのではないかと思うのです。

だからこそ、ではないでしょうか、彼らは、ここに来て初めて、「亡霊」の存在を持ち出そうとした。絶対的な確信をもって受け入れている、死んだ人がよみがえるはずがない、というこの点が、イエスさまのリアルなお姿を見てしまったときに激しく揺り動かされた。しかし、自分の確信をなんとか維持するために、「亡霊」という新たなる説明の言葉を持ち込んだ。そうとでも言わないかぎり、この事態を説明することは不可能である、と思ったに違いないのです。

しかし、逆に言えば、それほどまでに、復活されたイエスさまのお姿はリアルであった、ということでもある、と言えるでしょう。

「そこで、イエスは言われた。『なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある。』こう言って、イエスは手と足をお見せになった。彼らが喜びのあまりまだ信じられず、不思議がっているので、イエスは、『ここに何か食べ物があるか』と言われた。そこで、焼いた魚を一切れ差し出すと、イエスはそれを取って、彼らの前で食べられた。」

ここから分かることは、よみがえられたイエスさまには、手や足がある。肉も骨もある、ということです。そして何より、ここに書かれているような仕方でイエスさまと弟子たちとが会話されている。コミュニケーションが成り立っている。このことが、何よりも驚きです。焼いた魚を一切れペロリとお食べになったというのも面白い。コミカルな場面です。

私たちの大切な家族や友人たちに先立たれて、何がいちばん悲しいかというと、やはり何と言っても、もう会話を交わすことができないと感じる、この点です。人生の終わりは、コミュニケーションの終わりである。もはや何も語ることができない。何も聞いてもらえない。とくに夫婦や親子の場合には、もう二度と一緒に食事をすることができない。そのように感じるときに、さびしくつらいものを覚えるのです。そうではないでしょうか。

しかし、イエスさまの場合は、そうではなかった、というのです。コミュニケーションをとることができる。食事もできる。そのことが、うれしかったのです。つまり、これは、イエスさまが、わたしたち信仰者たちの日常的な生活とその交わりの中に戻ってきてくださった、ということです。

また同時に、このことは、イエスさまだけの話ではなく、わたしたち自身の話にもなる、というのが、聖書が教えていることです。使徒パウロが次のように語っているとおりです。

「キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。そして、キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。・・・しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました」(コリント一15・12~20)。

ここでパウロが書いていることは、要するに、イエスさまの身に起こった復活の出来事は、わたしたちの身にも起こります、ということです。キリストが「眠りについた人たちの初穂」である、ということの意味は、死に行くすべての人間の中でイエスさまが最初によみがえってくださった、ということです。イエスさまは、わたしたちすべての人類の中で、最初によみがえってくださった方なのです。

これがキリスト教信仰の真髄です。イエスさまがよみがえられたように、わたしたちもよみがえるのだということです。わたしたちのよみがえった体は、親しい家族や友人たちと共に、会話(コミュニケーション)もできるし、食事をすることもできる。わたしたちは、今味わっているこの楽しい人生を、もう一度取り戻すことができるのです。

そのことを信じなければ、キリスト教を信じる意味は、ほとんどありません。それは、パウロが書いているとおりです。そして、キリストの復活を信じることは、わたしたちの復活を信じることです。それもパウロが書いていることです。わたしたちの復活を信じること、そして復活の希望に生きることが、キリスト教信仰の究極目的です。

「天国でまた会いましょう」という呼びかけ方が間違っているわけではありません。しかし問題は、その天国がどこに実現するかです。天国は地上に打ち立てられるのです!わたしたちは「地上でまた会える」のです!

今の会話も、毎日の食事も、わたしたちの復活の日に、すべて取り戻されます。

今していることの何一つも無駄なことはなく、すべてに意味があり、価値があります。

イエスさまを信じ、教会につながって、安心して、人生を楽しもうではありませんか!

(2007年1月20日、松戸小金原教会主日礼拝)

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2007年1月14日 (日)

「共に歩まれるキリスト」

ルカによる福音書24・13~35

今日の個所、私はとても好きです。非常に面白いし、興味深い。読むたびに感動します。

「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。」

「六十スタディオン」は距離です。どのくらいの長さかを調べてみましたところ、二説出てきました。一つは、新共同訳聖書の巻末付録「度量衡及び通貨」の数字です。そこに一スタディオンは約185メートルであると書いてあります。もう一つは、私が参考にしている注解書の数字です。「当時の一スタディオンは192メートルである」と書いていました。約7メートルの差があります。どちらが正しいかなどは分かりません。

どちらで計算しても、「六十スタディオン」は、だいたい11キロ強であることが分かります。その距離を、彼らは歩いたのです。歩けない距離ではないと思います。

それは時間にしてどれくらいでしょうか。私の場合、自転車で約30分です。歩くとどうでしょうか。彼らは最初二人で、途中から三人で話しながら、いや徹底的に議論しながら歩きました。そのような歩き方だと、3時間くらいはかかるのではないかと考えてみましたが、いかがしょうか。ゆっくりすぎるでしょうか。

今日は大雑把に、彼らの旅は約3時間と考えておきます。短いといえば短い。しかし、使い方次第でかなり有効な時間ともなります。

たとえば、今は3時間あれば、新幹線に乗れば、東京から神戸(兵庫県)まで、あるいは八戸(青森県)まで行ってしまいます。飛行機に乗れば、サイパンでも、グアムでも、韓国でも、行ってします。「たかが3時間、されど3時間」です。

そのあいだ、彼らは話し合っていました。「この一切の出来事」とは、婦人たちがイエスさまのお墓の前で二人の天使たちから聞いたこと、「イエスさまがよみがえられた」というあの出来事に関することです。

「話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、『歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか』と言われた。」

この話の最も面白い場面です。彼らが夢中になって、イエスさまがよみがえられたことについて話し合い、論じ合っているところに、イエスさま御自身が近づいて来てくださり、一緒に歩き始めてくださり、二人の話の間に割って入ってくださって、「その話は何のことですか」と質問をしてくださったのです!

ここから私が考えさせられることは、復活は理屈ではない、ということです。復活とはそもそも何かとか、イエス・キリストは復活したかどうかとか、われわれ人間は復活するのかどうかというようなことを、喧々諤々議論しているところに、事実としてよみがえられたイエスさま御自身が、姿を現してくださったのです。

単純に比較することはできないかもしれませんが、最近頻繁に起こっている残虐非道な事件。それらの内容に接するたびに、「ありえない。このようなひどいことができる人間の存在を、信じることができない」と言いたくなります。

しかし、その考え方は逆である、と言わなければなりません。事実のほうが先にあるのです。その意味や価値を考える作業は、いわば後です。「事実の意味を後から考えること(Nachdenken)」が重要です。「ありえない」というわれわれの思い込みや前提が、現実に起こった事実そのものを否定することはできないのです。

それにしても、イエスさまが一緒に歩いておられるのに、それに気づかない弟子たち。そして、その彼らにイエスさまが「何の話をしているのですか」と質問される。すべてをご存じのお方が、です。ふざけておられるわけではないと思いますが、ちょっととぼけたことを言っておられる。この情景は、非常にコミカルな感じがします。

しかし同時に、深刻なものも感じます。これは、わたしたち自身の姿かもしれないからです。復活など信じられない。そのような思いにとらわれているときに、目の前の事実としてイエスさま御自身が立っておられる。それでも、そのことを受け入れることができないとしたら、それは「ありえない」という思い込みや前提を持っているのです。おそらくその種の前提が、この二人の目を遮っていたのです。

「二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。『エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。』イエスが、『どんなことですか』と言われると、二人は言った。『ナザレのイエスのことです。この方は、神と民の全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。』そこで、イエスは言われた。『ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。』そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。」

二人の弟子たちは、共に歩いておられるイエスさまに、これまでエルサレムで起こった出来事をまとめてお話ししました。ただし、この内容は彼らなりのまとめ方です。事実の報道は難しいものです。そこには必ず解釈が入ります。間違った解釈も入り込むのです。

気になる第一の点は、彼らがイエスさまを「預言者」であったと語っているところです。第二の点は、イエスさまを「イスラエルを解放してくださる方」、つまり、ユダヤ人たちをローマ帝国の支配下から解放するために闘う政治家であった、と語っているところです。

彼らの見方は、全く間違っているとは言えません。彼らは、見たままを語っているだけです。見たとおりのことは、重要です。それは一種の結果です。結果は重要です。そして結果は本人の手から離れて一人歩きしていくものなのです。それも一つの結果責任です。イエスさまは、事実上、人々の目から見ると「預言者」でもあり、「政治家」でもあった、のです。それらのことは否定されるべきことではありません。

しかしまた、そのことを逆のほうから見れば、彼らが言っているまさにこの点こそが、よみがえられたイエスさま、生きておられるイエスさまが目の前におられるのに、見抜くことができなかった、まさに彼らの目を遮っていた前提ではなかったかと思われるのです。

つまり彼らは、イエスさまのことを立派な人物、偉人としてしか見ていなかったのです。尊敬していた偉人、わたしたちの先生が不条理な死を遂げた。残念でならない。政治家としては失敗した人でもある。しかし、そのお方がよみがえったと婦人たちが言っている。そんなことは、信じられない。本当のところはどうなのか。おそらくそのようなことが、彼らの思いの中にあったのです。

その彼らを、イエスさまは、愛情をこめてお叱りになりました。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち!」

愛情がこもっている、と申し上げることができる根拠は、その後イエスさまは、徹底的に聖書の御言葉の全体を彼らに語って聞かせてくださった、ということです。

教えるという仕事は、たいへんな仕事です。教師を職業にしてこられた方ならお分かりいただけるはずです。まさに一から十まで、手取り足取り、教えて聞かせる。この面倒な仕事を、イエスさま御自身が引き受けてくださったのです。

これは、愛がなければ、決してできません。教育は愛情です。説教も愛情なのです!

「一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、『一緒にお泊りください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから』と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、『道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか』と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人とも、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。」

約11キロの徒歩の旅は、終わりました。歩き疲れ、しゃべり疲れて、少し休みたいし、お腹もすいてきた。しかし、まだ学び足りない。聖書の話を、イエスさまの話をいつまでも聞いていたい。語り合いたい。学び続けたい。別れがたい。そのような思いを、彼らは抱いたに違いありません。

昨年11月17日のことです。私も神戸から東京までの3時間の新幹線の中で、私が今の世界の中で最も尊敬している神学者であるヘリット・イミンク先生(ユトレヒト大学神学部教授、オランダプロテスタント神学大学総長)を独り占めして、語り合う機会を与えられました。品川駅前で別れました。引きとめることも泣くことも(?)ありませんでしたが、ただ本当に別れがたさを感じました。この別れがたさという点の気持ちは、少し似ているところがあるのではないかと思います。

彼らは、イエスさまを無理に引き止めた。イエスさまはその求めに応じてくださった。そして、みんなで食事の席に着いたときに、イエスさまがお始めになったことは、給仕の仕事です。「はい、わたしは疲れました」と座り込んで、出てくる料理を待っているという態度とは、正反対です。イエスさまは疲れている弟子たちを「お疲れさま」とねぎらってくださるように、御自身の手でパンを裂いて、一人一人にお渡しくださいました。

しかし、おそらくもっと深い意味を読み取ってよいでしょう。

イエスさまがパンを裂く姿は、彼らがこれまで、何度も見てきたものでした!

また、この弟子たちは、最後の晩餐の席にいた弟子たちではないと思われますが、そのときの様子は、十二人の使徒たちから、聞いていたでしょう。

「これはわたしの体である」と言われながら、手渡されたパン。

「これはわたしの血である」と言われながら、手渡されたぶどう酒。

あのイエスさまのお姿のすべてを、彼らは思い起こすことができたのです。

そして、私たちの目の前にいるこのお方は、なんと、イエスさま御自身であるということが、そのとき初めて分かったのです!

しかし、それが分かった途端、イエスさまの姿が見えなくなった、と記されています。それでも彼らは全く失望していません。ここが重要です。「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか!」

彼らは、イエスさまが復活されたことの意味、また復活されたイエスさまのお姿を見ることの意味が、そのとき初めて分かったのです。

復活とは、ただ単なるビックリ話ではありません。異様で非科学的な「ありえない話」というだけではありません。

聖書の教えが関係していないような、あるいは信仰という点が関係していないような、また教会の存在や伝道という事柄と関係ないような復活であるとしたら意味がありません。そのような復活を私たちが信じているわけではないのです。

聖書の御言葉が、イエス・キリスト御自身によって真に正しく解釈され、力強く語られ、広く宣べ伝えられ、それを聞く人々の心の中に真に燃えるものが生まれる。

そのとき、イエスさまは、よみがえっておられるのです!

イエスさまが、私たちの中に生きておられるのです。

(2007年1月14日、松戸小金原教会主日礼拝)

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2007年1月 7日 (日)

「生きておられるキリスト」

ルカによる福音書23・56b~24・12

約2年前から昨年11月末まで、80回にわたり、ルカによる福音書に基づいて、イエス・キリストの生涯を学んできました。しかし、ルカによる福音書は、まだ終わっていません。もう少しだけ続きがあります。

ただし、ここから先に書かれていることを「イエス・キリストの生涯」と呼んでよいかどうかは、難しい問題です。間違いなく言えることは、イエス・キリストはあのゴルゴタの十字架の上で死なれたのだ、ということです。聖書にはそのようにはっきりと書かれています。死んでいなかったとか、眠っておられただけだ、と考えることはできません。

そして、もう一つ言わなければならないことは、死に二つ以上の意味はないということです。死とは、命の終わり、人生の終わりです。そして、終わりは終わりです。終わっていないとか、まだ続いていると考えることはできません。終わりは一回限りです。終わりが二回以上あるとしたら、それは終わりではないのです。

イエスさまは、十字架の上で間違いなく死なれました。死なれました、ということは、イエスさまの生涯は終わりました、ということです。イエスさまの生涯は終わったのです。この点でわたしたちは、ルカによる福音書の続きの部分をなお「イエス・キリストの生涯」と呼び続けるのは間違いであると言わなければならないように思うのです。

続きの部分に書かれていることは、言うまでもなく、イエスさまはよみがえられた、ということです。イエスさまの生涯は終わりましたが、イエスさまはよみがえられたのです!

今「イエスさまの生涯は終わりましたが」と申しました。が、この「が」は正しい表現ではありません。正しくは(日本語としては正しくありませんが!)「イエスさまの生涯は終わったので」というべきです。イエスさまの生涯は、終わった「ので」、よみがえったのです。終わっていないものは、「よみがえり」もしません。よみがえりとは、終わったものが戻ってくることです。死んだものが、再び生きることなのです。

「婦人たちは、安息日には掟に従って休んだ。そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。」

ここに記されているのは、お墓に葬られたイエスさまの世話をしようとする婦人たちの動きです。婦人会の活動、と呼んでおきます。どの時代にも、婦人会の活動が教会全体を支えてきた、と言ってよいでしょう。男性だけで教会がうまく行った試しはありません。

「準備しておいた香料を持って墓に行った」とありますが、23・56には「香料と香油を準備した」とあります。彼女たちが準備したのは、いわゆる「没薬」であると思われます。

「没薬」とは、イエスさまがユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、東の国の博士(新共同訳「占星術の学者」)が、宝の箱に詰めて持ってきたもの(黄金、乳香、没薬)の一つです。それが宝となり、贈り物になったということは、たいへん高価なものであり、簡単に手に入るものではなかった、ということを意味しています。

しかし、です。婦人たちが香料をもってお墓に行ったのは、イエスさまの場合だけ特別にそうした、というわけでもないのだと思われます。多少の特別扱いはあったかもしれません。しかし、イエスさま以外の人々の中にも遺体に香油が塗られるケースはあったようです。一種の防腐剤の役割を果たしたと言われます。

ドライアイスがあるわけでない。火葬されるわけでもない。そのまま置いてあるだけです。すぐにでも腐敗臭がしはじめます。わたしたち人間は臭いのです。わたしも、人間ですから臭い。臭いに対処するための香油です。日本の葬儀で線香を焚くのも、本来の目的は臭い消しです。

このようなことは、葬儀専門の業者などない時代には、いつも教会の仕事であり、なかでも婦人の活躍に負うところ多かった、と考えることができるでしょう。そのような大変な仕事を、いつも女性たちが引き受けてくださったということに、感謝しなければなりません。

「見ると、石がわきに転がしてあり、中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。」

お墓に行った彼女たちが目撃したのは、驚くべきことでした。墓が開けられた。イエスさまの遺体が盗まれた。少なくとも彼女たちが最初に考えたのは、そのようなことだったはずです。なぜなら、目の前にある動かぬ事実は、お墓の穴が開いていたことと、イエスさまの遺体が無かったことだけだったからです。

そのことを、他にどのように解釈することができるでしょうか。たとえば、そこに警察官や検察官がいたとしたら、どうでしょうか。壊された、盗まれた、と考えないでしょうか。

「そのため途方に暮れていると」

彼女たちが「途方に暮れて」いたのは、目の前で起こっている事件そのものがそもそも信じがたいもの、受け入れがたいものであったために困惑、当惑していたであろうことに加えて、この事件の意味を、いろいろと考えていたからではないかとも思われます。

少しこだわってみたいのは、先ほどから申し上げている、壊された、盗まれた、と彼女たちも考えた可能性があるのではないかという点です。この関連で注目していただきたいのは、11節の記述です。

「使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。」

婦人たちが、イエスさまのお墓の前で起こった出来事を使徒たちに話しましたところ、使徒たちは、その話が「たわ言」のように思われたというのです。「たわ言」とは、意味のない話、ばかげた話、ナンセンスな話ということです。

このように書かれていることから見えてくることは、イエスさまの弟子たちには、現代の人間が持っているような意味での批判的な物の見方や考え方がちゃんとあった、ということです。昔の人間は、迷信的なことでも何でも、簡単に受け入れてしまうのだ、というようなことは、言えない、ということです。

同じように、最初に婦人たちが開いた墓穴、遺体の喪失の事実を見たときに、壊された、盗まれた、というふうにきっと考えたであろうことも、当然であると言ってよいでしょう。それくらいの客観的な物の見方は、彼女たちにも、きちんと備わっていたのです。

しかし、もしそうであるとして、次に考えてみたいことは、彼女たちは、そのとき何を考えただろうか、ということです。

イエスさまの墓が壊され、遺体が盗まれた。それを見た彼女たちが、おそらく真っ先に感じたことは恐怖でしょう。ユダヤ人たちは、イエスさまを十字架にかけて殺すだけでは満足しない。墓を壊し、遺体を痛めつける。まさに、めちゃくちゃにする。そこまでやらなければ気が済まないほどに、イエスさまを憎み、呪い、さげすんでいるのではないか。

そして、このやり方はきっとイエスさまに対してだけではなく、イエスさまを信じる人々に対してもなされるに違いない。そのような恐怖、また絶望を、彼女たちは感じたのではないでしょうか。

「彼女たちは途方に暮れていた」。彼女たちが感じていたのは、本当の恐怖であり、また本当の絶望ではないかと思われます。

イエスさまを信じ続けると、わたしもいつか、このような目に遭う。信じるのをやめようか。そこまで考えたかどうか。それは分かりません。

「輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。」

この二人の人がだれであったかは、ルカによる福音書には書かれていません。マタイとマルコは「天使」と書き、マルコは「若者」と書いています。とにかく彼女たちは、この二人の人の声を聞きました。

「婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。『なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。』そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。」

彼女たちが聞いたのは、喜びの知らせであった、と言ってよいでしょう。

墓は壊されたわけではない、イエスさまの遺体は盗まれたわけではない。目の前の現実はイエスさまを憎む人々が作り出したものではない。そのような人や事件に恐れを抱くことはないことが分かったのです。目の前の現実は、イエスさま御自身が作り出したものであった、ということが分かったのです。

イエスさまが、よみがえられたのだ!

イエスさまが、生きておられるのだ!

そのことを、彼女たちは、イエスさまのお墓の前で、信じることができたのです。このイエスさまの復活を信じる信仰から、キリスト教会の歩みが真に始まったのです。

そして、その後、彼女たちは、よみがえられたイエスさま御自身に直接お会いすることができました。しかし、それは、今日の説教の範囲を超えることです。

ただ、一つの点だけ、最後に申し上げておきたいことがあります。

それは、彼女たちがよみがえられたイエスさまにお会いしたのは、この日のすぐあとのことだった、ということです。死んだら会えるとか、死ぬまで会えない、というわけではなかった、ということです。すぐにお会いできたし、自分の人生の中で、地上の生活の中でお会いできたのです。

この点は、わたしたちとは違うところかもしれません。

わたしたちは、生きている間にこの地上でイエスさまにお会いすることは、できないかもしれません。死んだら会える、死ぬまで会えない、というのは、わたしたちには当てはまることかもしれません。

しかし、です。キリスト教的復活信仰において重要なことは、向こうの世界に行けば会える、ということではありません。

大切なことは、このわたしもイエスさまと同じようによみがえらせていただける、ということです。お会いする場所は、向こうではなく、こちらなのです。

わたしたちの人生が死の中に飲み込まれることが、希望であるはずがありません。

よみがえること、帰ってくることが、希望です。

死は打ち負かされたのです!

(2007年1月7日、松戸小金原教会主日礼拝)

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2006年11月26日 (日)

「イエス・キリスト」

ルカによる福音書23・44~56

朝の礼拝でルカによる福音書の学びを始めたのは2004年11月ですので、ちょうど二年になります。今日を含めてちょうど80回、ルカによる福音書に基づいてイエス・キリストの生涯を学んできました。今日の個所に記されているのは、その生涯の最期の場面です。

「既に昼の十二時ごろであった。全地は暗くなり、それが三時まで続いた。太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた。」

言葉は少なめです。書かれていることのひとつは時間の経過です。時間の経過は、四つの福音書とも記しています。マルコは、イエスさまが十字架にかけられたのは「午前九時であった」(マルコ15・25)と記しています。はじまりの時刻を記しているのは、マルコだけです。

そして、イエスさまが息を引き取られたのは、午後三時でした。イエスさまが苦しみの絶頂におられたのは約六時間であった、ということです。

ごく単純な話をします。六時間の苦しみは長いと、わたしは思います。42.195キロのフルマラソンを走る人々がいます。速い人は二時間くらいで走りきってしまいます。

あるいは、ボクシング。力いっぱい叩き合うわけですが、これとて一時間も続けば長いほうです。

六時間の苦しみは長い。イエスさまの苦しみには、和らげる手段も、逃げ場もありません。まさに完全な苦しみというべきものでした。

もうひとつ書かれているのは、イエスさまが十字架にかけられているあいだに起こった異常現象ないし超常現象です。「太陽は光を失っていた。神殿の垂れ幕が真ん中から裂けた」。この点については、マタイのほうが、もっとリアルに詳しく書いています。

「そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。そして、イエスの復活の後、墓から出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた。」(マタイ27・51~52)

この種の描写は、想像するとぞっとしますし、にわかには信じがたいものがあります。その思いは、わたしも同じです。

しかし、考えてみれば、この種のことは、ある意味で、わたしたちの時代のほうがもっと大げさであり、誇張があります。いろんな技術を用いて今の人々が描き出す「ありえない」シーンなどと比べると、聖書が描いていることのほうが、よほどありそうなことです。

ただし、です。もうひとつの面としては、やはり、聖書の中には、事実に反するとか、うそであるというような単純な見方に与することでは決してないのですが、ある意味での文学的表現、あるいは、人間の心の中の映像、内面の描写として理解すべき個所もあることが認められて然るべきだろうと、わたし自身は考えております。

「太陽が光を失っていた」のは、もちろんそのとおりであると言わなければなりません。しかしそれと同時に、イエス・キリストの死によって全世界を照らす光が失われたのです。そのとき罪と悪の死の力が、一時的にせよ、勝利をおさめたのです。最高法院の議員たちと、ローマ総督ポンティオ・ピラトと、ユダヤの領主ヘロデが、イエスさまを死に追いやったのです。でたらめな支配者たちが、罪のないお方を葬り去ったのです。

弟子たちは、どこにいるのでしょうか。イエスさまの十字架の前にはいませんでした。イエスさまに愛された人々は、イエスさまを置いて、逃げてしまったのです。

ゴルゴタの丘に響いていたのは、イエスさまに向かって多くの人々から投げつけられる「自分を救ってみろ」という声ばかりでした。

このような六時間を、皆さんは、耐えられるでしょうか。わたしには、無理です。

「イエスは大声で叫ばれた。『父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。』こう言って息を引き取られた。」

イエスさまは息を引き取られるその瞬間まで、父なる神さまに対する全幅の信頼と期待をもっておられました。これは、わたしたちにとって慰めとなる事実です。

何よりも厳粛な事実は、わたしたちの人生は、いつか必ず終わる、ということでしょう。しかし、そこでのひとつの大きな問題は、その終わり方ではないでしょうか。

人から賞賛され、惜しまれて死ぬ、という人々がいると思います。イエスさまはどうであられたかと言いますと、そちら側の人々にはどうも属しておられないように見えます。罵られ、はずかしめられ、屈辱と絶望のどん底に叩き落されるような仕方で、殺される。惜しまれて死ぬ、という人々とは全く正反対の様相です。

しかし、そのお方が最期の最期に口にされた言葉が、父なる神への祈りでした。「わたしの霊を御手にゆだねます」という信頼に満ちた願いです。

どのような表情であられたのだろうかということについては、すぐに想像がつきます。おそらくとても穏やかな表情です。厳しい表情で、こういう祈りをささげることができる人は、いません。

罵られても罵り返さない。悪に対して悪を行わない。

神への信頼と賛美をもって、わが人生をしめくくる。

わたしたちが憧れを抱くのは、そのような生き方ではないでしょうか。

わたしは、イエスさまの最期の姿のようでありたい。皆さんは、どうでしょうか。
  
「百人隊長はこの出来事を見て、『本当に、この人は正しい人だった』と言って、神を賛美した。見物に集まっていた群衆も皆、これらの出来事を見て、胸を打ちながら帰って行った。イエスを知っていたすべての人たちと、ガリラヤから従って来た婦人たちとは遠くに立って、これらのことを見ていた。」

「百人隊長」や「見物に集まっていた群衆」は、イエスさまを信じる人々の仲間というわけではないように思います。傍観者だったと考えるべきでしょう。「百人隊長」はローマ軍の歩兵隊の一個小隊のリーダーである、とのことです。異邦人です。

それは、言葉にして言うとかなり語弊がありますが、たとえば、教会のご近所に住んでいるけれども、教会の中に入ったことがない、いつもなんとなく外側から見ているだけの人々と、その人々とは、似ている面がある、と考えてよいかもしれません。あえて微妙な言い方をしておきます。

しかし、そのように、外側から見ているとはいえ、けっこう関心を持っている、という人々は、決して少なくないのだと思います。

「わたしは違います。わたしはクリスチャンではないし、教会に通うとか洗礼を受けるとか、そういうことを考えたことは、一度もありません。でも、教会のこと、聖書のこと、イエス・キリストのことには興味がある。ちょっと覗いてみたいという気持ちはある」という人々は、少なくないのだと思います。

そういう人々から見て、です。十字架上のイエスさまのお姿は、どのように見えたかということが、ここに書かれている、と考えることができます。百人隊長がはっきりと明言していることが、それです。「本当に、この人は正しい人だった。」

こういう評価は、貴重なものです。無視することができません。傾聴するに値します。だれの目から見ても、あるいは多くの人々の目から見て、イエスさまのお姿は、正しいと見える。イエスさまの生き様、死に様は、間違っていないと見える。これが、重要なことなのです。

もちろん、難しい問題がこの先に待ち受けています。イエスさまを正しいと認める、ということが、少なくとも当時において何を意味していたかは明白です。正しいイエスさまを十字架につけることは間違いなのですから、イエスさまを正しいと認めるということは、イエスさまを十字架につけた人々の間違いを認める、ということです。

しかし、それが難しいことであるわけです。百人隊長がローマの軍人であるとしたら、ボスはローマ皇帝であり、また、この状況の中ではポンティオ・ピラトでしょう。上司に逆らい、命令に背くことは、ただちに死を意味します。自分自身と家族を危険にさらすことになるでしょう。

一緒くたにすることはできないかもしれません。しかし、この日本の中にクリスチャンになれないと感じている人々が、たくさんいます。その中には、イエス・キリストの存在、またキリスト教と教会の存在を認めることはやぶさかではないが、それによって失うものが大きすぎる、と感じている人々がいます。そのような気持ちを持つときに、大いに躊躇が起こるのだと思うのです。これは理解できない話ではありません。

しかし、わたしは、あえて申し上げたいのです。イエスさまの姿が正しいと見えるなら、決断してほしい、ということです。

失うものも大きいかもしれませんが、得られるものはもっと大きいです!

わたし(関口)は、端から見ると何も持っていないように見えるかもしれません。しかし、わたしには教会があります。牧師というこの仕事があります。信仰の仲間たちが大勢います。これ以上は何も要らないと思えるほどの幸せを得ています。多くのものを与えられて持っています。

信仰を持って生きるようになり、牧師になる。それによって失ったものも大きかったのかもしれませんが(あまりその自覚もありませんが)、得られたものは、もっと大きいものでした!

イエスさまの前に、ひとりの勇気ある人が、現れました。イエスさまを十字架にかける決定を下したあのユダヤ最高法院の議員のひとり、アリマタヤのヨセフという人でした。この人は最高法院の決定に同意していませんでした。「この人もイエスの弟子であった」とも書かれています(マタイ27・57)。

一議員に与えられた権限は小さなものです。また、「イエスを殺せ」と叫ぶ人々の前では、沈黙するしかありませんでした。

そのことがよほど良心の呵責となったのでしょう。イエスさまが息を引き取られたあと、ヨセフは、当時の状況の中で考えられる最も危険な行動(造反行動)に出ました。ピラトの許可をえて、イエスさまの遺体を引き取り、自分のつくった墓に納めたのです。

「さて、ヨセフという議員がいたが、善良な正しい人で、同僚の決議や行動には同意しなかった。ユダヤ人の町アリマタヤの出身で、神の国を待ち望んでいたのである。この人がピラトのところに行き、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出て、遺体を十字架から降ろして亜麻布で包み、まだだれも葬られたことのない、岩に掘った墓の中に納めた。その日は準備の日であり、安息日が始まろうとしていた。イエスと一緒にガリラヤから来た婦人たちは、ヨセフの後について行き、墓と、イエスの遺体が納められている有様とを見届け、家に帰って、香料と香油を準備した。」

このヨセフのように行動できる人は、ごくまれかもしれません。みんながみんな、自分が思うところの信念に従って行動できるわけではありません。上司の命令に逆らうことはできませんし、世間の人々に逆らうこともできないのが、わたしたちです。

しかし、繰り返させてください。イエスさまのお姿が正しいと見える人は、どうか決断してほしい。

使徒パウロも、そうでした。その先に進んで行けば最高法院の議員になることができ、最高の地位と名誉を必ず与えられるであろう道を歩んでいた。しかし、そのパウロが突然、すべてを捨てて、キリスト者になり、伝道者になった。そこに大きな決断があったことは間違いありません。

イエスさまのお姿が正しいと見える人は、ヨセフのように、パウロのように、「最高法院」を飛び出して、イエスさまを信じる人々のもとに来てほしい。

そのように願うばかりです。

(2006年11月26日、松戸小金原教会主日礼拝)

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